こちらの話は恋ルキの「最強の彼女」の一連の設定をベースにしています。
そちらを先にお読みくださいv




「……にゃんであんたがココにいるのよ」
 自室の長椅子に寝転がったまま、自分に影を落としている相手を見上げて乱菊は言った。
 時刻は夜の九時。
 場所は尸魂界、護廷十三隊の十番隊隊舎に程近い一軒家。
「松本」と書かれた表札の家の内部、一階の居間。
 その、林立した酒瓶の真中に位置する長椅子の上、充分身体中に瓶の中身が行き届き、その影響であられもなくだらりと身体を投げ出したその状態で、乱菊は不法侵入してきた男の顔を見上げている。
「ううん、いる訳にゃいわあの糸目が。まさかね、一体どのツラ下げてあたしの前に現れることが出来るかっつーの」
 仰向けに寝転がった状態のまま、乱菊は床の上の酒瓶を手探りで引き寄せた。掴んではそれが重さで空だとわかり次のを探し、ようやく中身の入った酒瓶を見つけ出し、ふらふらと身体を起こしてそのまま瓶の口に唇を近づける。
 豪快にらっぱ飲みで瓶の中身を空にすると、乱菊は手の甲で唇をぐいと拭った。瞳が更にとろんとする。
「じゃあこの糸目もどきはにゃにかしら。……ん、つまりあれね、夢ってやつ」
 いやあね、にゃんであたしがこんにゃ奴の夢見にゃくちゃいけにゃいのよ、と毒づきながら、乱菊は目の前に立つマボロシに向かい「ちょっと邪魔だから座んにゃさいよ」とその手を引っ張った。
「……のみ過ぎや、乱菊」
「うるさいわねえ、勝手にあたしを置いてった奴があたしの心配しにゃいでよ」
 容赦なくマボロシの顔を引っ叩くと、マボロシは「あイタタタ」と顔を押さえた。その芸の細かさに乱菊は笑う。
「マボロシでもにゃんでもいいわ。いい機会だから、この際言いたかった事言わせてもらうわよ」
 ぐい、とマボロシの胸倉を掴んで引き寄せると、マボロシは「しゃあないなあ」と溜息を吐く。
「ボク、心配して来たんやけど。乱菊が妙な病気に罹ったて知って」
「病気ぃ?」
「新種のウィルスて聞いたで。そんで慌てて乱菊の部屋見たんや。そしたら乱菊、倒れてるし、ボク血の気引いたわ」
「……あたしの部屋を見た?どういうことよ」
「いや、ボク、ちょっと心配でな?乱菊一人置いてきてしもて、その間乱菊に変な虫ついたらいややし。だからな、ちょっとな……細工してん」
「細工って……にゃによ」
「乱菊のおる色んなところに、カメラ仕込んであるんや。この部屋もそうやし、十番隊にも仕込んであるんや……ってイタタタタ!」
「最低ね。変態!変質者!」
「そんなん言うたかて心配なんや、乱菊にちょっかい出す男がいないかどうか」
「聞いたって事はあんたマイクも仕掛けてるんでしょ!?」
「……当たりや乱菊。すごいなあ」
 へら、と笑うマボロシに向かって乱菊は「唸れ、灰猫」と呟いた。途端に現れる斬魄刀をマボロシの首に突きつけ、「マボロシでも死にゅかしら」と首を傾げて言う。
「ちょ、乱菊、顔が本気や!」
「当たり前よ、本気にゃんだから」
 突き刺そうと本気で力を込める乱菊の手を、マボロシは真青になりながら必死で止めていた。「ちょ、危ないって乱菊、やめって!」とその額に汗をかいている。
「夢やろ、乱菊!これは夢や!!」
「夢……?」
「そう、夢!カメラもマイクも実際にはあらへん!!夢の世界だけや!!」
「そう……にゃの」
 手にした斬魄刀を放り投げ、くたりと乱菊の身体が長椅子の上に横たわる。
「そうよね……あの莫迦があたしのことなんて気にするわけにゃいわよね。いつだってあたしのことにゃんて……いつだって、一人で勝手に……あいつはあたしのことにゃんて……」
「……乱菊」
「あーむかつくあの糸目!!見てるか見て無いかわからにゃいあの糸目、瞼に唐辛子塗って二十四時間目ぇ見開かせてやるわ!!」
「…………」
「にゃにビビッてんのよ?」
「……び、ビビってへんよ?」
「声が震えてる気がするわ」
「気のせいや」
「ふうん」
「……で、何の病気や?それ」
「にゃんかね、言葉使いが猫ににゃっちゃうんだって。『にゃ』と『にゅ』が『にゃ』と『にゅ』ににゃっちゃうの」
「……何言うてんのかわからへんよ」
「まあ三日もすればにゃおるわよ。別に害があるわけじゃにゃいわ。ただ、にゃんかいつも以上に男共が近付いてくるのがウザイだけで」
「なんやて!?」
「にゃんかね、『猫語ー!!』とか言って群がってくんのよ。で、隊長が仕事ににゃらにゃいからって三日間無理矢理休み入れるし」
「……乱菊」
「にゃによ?」
「ボクのいない間に、変な男に付け入られへんようにな?ええな?」
「勝手にいにゃくにゃった奴がにゃに勝手にゃこと言ってんのよ」
 ぎっ!と睨みつける乱菊の眼光鋭さに、マボロシは「ひっ!」と喉を鳴らす。
 そのマボロシの顔を暫く見つめた後、乱菊は「……これは夢にゃのよね?」と念を押す。
「ん?そうや、夢や……」
 笑顔で繕うマボロシの胸元を、乱菊は掴んで力尽くで引き寄せる。
 重ねた唇に硬直するマボロシを更に引き寄せて、乱菊は舌を絡ませた。
「これでよし」
「ら、乱菊?」
「あんたにゃんて大ッ嫌いよ」
 くて、とマボロシの腕に倒れこんで、「ばーか……」と一言呟き―――やがて寝息に変わった乱菊の身体を抱きしめて、ギンは「参ったなあ」と呟いた。
「そんな無防備に男の前で寝たらあかんよ」
 自分の腕の中の、光の滝のような金髪を愛しげに撫でる。
「このまま攫っていってもええの?本当はその方がええんやけど、ボク」
 ぎゅ、としがみつく乱菊の頬を撫で、髪を撫で、眠る乱菊に話しかけ……
 ギンはいつまでもいつまでも、乱菊を優しく抱きしめていた。






 目が覚めると一人だった。
 乱立する瓶に埋もれ、痛む頭を抱えて起き上がる。「うー」と唸り声を上げながら、昨日見た夢を思い出して乱菊は笑う。
 意識は最初からしっかりしてた。
 大体、自分が本物のあの男を見間違えるはずは無いのだ。
「今頃……えらい騒ぎでしょうね、向こうは」
 C−ウィルスの感染経路―――最初の感染者から、次の感染者を出したその方法。
「あたしを一人にした罰よ。……聞いてる?ギン」
 遠い遠い世界で、恐らくC−ウィルスに感染し慌てふためいているであろう薄情者を思い浮かべ、乱菊は思い切り声を上げて笑い―――二日酔いの頭に響いて「イタタタ」と長椅子に突っ伏した。