この後どうだ、と杯を傾ける仕種をした一角に、恋次は「すみません、今日は」と頭を下げた。
「何だよ、付き合い悪ぃなお前」
「すみません、家でちょっと待ってるのがあって」
その言葉に、「女か」とにやりと笑う一角に向かい恋次は「まさか」と苦笑いした。
「花を、育ててるんですよ」
「花ぁ?」
眉を寄せて胡散臭そうに問い返す一角に、恋次は再び笑った。
「花です、白い花」
待って待って待ち続けて、ようやく手に入れたんですよ、と恋次は笑う。
「何だお前、そんな趣味があったのか?似合わねぇな」
「戌吊の頃にも育ててたんですけどね。こっちに来てすぐ一度枯らしちまって……もう二度と手に入らないと思ってたんですが、こないだようやく同じ花を手に入れることが出来たんです」
そんなに珍しい花なのか、とやや興味を示した一角に恋次ははいと頷く。
「繊細で―――水をやらないとすぐに弱っちまいますしね。温度管理もきちんとしねえと―――あの美しさがすぐに駄目になる」
そういう訳で、しばらくはお付き合いできません、と頭を下げる恋次に、物好きな奴という視線を隠さず一角は肩を竦めた。
「ま、そんなにご執心なら仕方ねえ。精々枯らさねえように気をつけるこったな」
「はい。―――もう、二度と」
頭を下げた恋次は、一角の見えない位置で―――薄く微笑んだ。
密閉された部屋の中は酷く暑い。
帰宅した恋次は、きっちりと扉を閉め鍵をかけ、一度台所へと寄ってから奥の部屋へと向かう。
開けた扉―――そこに、白い花がぐったりと俯いていた。
「暑かったろ。遅くなって悪かったな―――ほら、水だ」
ひんやりと冷えた水を自分の口に含み、恋次は白い花へ口移しで水を注ぎ込む。
両手を縛められた白い花は、力なく閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
「……れ、んじ……」
「もっと飲むか?」
再び注がれる水が口元から零れ、白い花―――ルキアの、何も身に着けていない白い喉から胸元へと伝い落ちていく。
与えられた水に意識がはっきりとしたのだろう、ルキアの焦点の定まらなかった瞳は恋次の姿を捉えた。その白い顔に表情が戻る。
―――恐怖と、困惑と。
「恋次―――」
震えるルキアの声を気にすることなく、恋次は丁寧にルキアの身体を冷たい布で清めていく。密閉された部屋の中、昼の気温は相当高く上がっただろう。ルキアの身体は汗に光っている。
煌めく白い、美しい花。
「恋次、如何して―――」
恋次は薄く微笑みながら、ルキアの身体を清め、そして―――その白い肌に口づける。
細い腰に手を回し、なだらかな曲線を描く二つの膨らみの一つに舌を這わせ、丹念に丁寧に愛撫する。
仰け反る身体を優しく縛め、恋次はやわらかな口付けで白い花を愛でていく。
「何故、こんなことを―――私が何を―――私が何をお前にしたと―――」
無理矢理与えられる快楽に抗うように、ルキアは必死で声を上げる。悲しみと苦しみと恐怖と絶望に満ちた声。
「私の何が、そんなにお前を怒らせたのだ―――何故、お前はこうも私を恨んでいる?教えてくれ、恋次―――!」
恋次は静かに微笑んだ。
ルキアは変わらない―――子供の頃から。
決して恋次にその言葉を言わせない。恋次が何度も言おうとしたその言葉を、必ず気づいて打ち消すその聡さ。
恋次が言葉にすることを、ルキアは―――拒絶する。
何度も、何度も。
だから恋次はもう何も言わない。
ただ白い花に話し続ける。
「もう二度と枯らさねえからな―――こうして温室の中に置いとけば無事だろう」
誰にも見せずに。
自分独りで、花を愛す。
「恋次……!」
ルキアの泣き声は恋次の耳には聞こえない。
白い花を愛で、白い花の香を楽しみ、白い花の蜜を味わい―――。
二度と枯らさぬように、大切に、大切に―――……。