僕の忍耐力のゲージはとうの昔にメーターを振り切っていた。
いくら温厚な僕だって…いや事は僕だけの問題じゃない。一番の被害者はネムだろう、本人にその自覚は全く無いようだけれど。
ネムに吹き込まれる数々の嘘…素直なネムはそれらの嘘を疑いもせずに奴の言う事を信じ、実行する。
例えば、昨日。
就寝前に部屋で本を読んでいたら、突然家中の電気が消え、驚く僕にネムが抱きついてきて更に驚いた。
聞けばネムは奴に「暗闇で抱きつかれれば大抵の男はその気になるものだ」と聞かされたらしい。それでネムはブレーカーを落とし(ブレーカーの落とし方まで奴は教えたらしい)事に及んだという訳だ。
もう、いくらなんでも酷すぎる。
僕がどんなに日々耐えているか…僕だって健康な男子だ、思う所は色々あるが…その忍耐を、奴は哂ってぶち壊そうとしている。
絶対に許せない。
僕の怒りの深さ強さを思い知らせてやる。
「……本匠」
「なあに?むっつりすけべー」
…………怒。
「昨日、またネムに根も葉もない事を教えたな」
「あら何のことかしら」
「いい加減にしてくれ、僕達で遊ぶのは止めてくれないか」
「あら、私が遊んでんのはあんたでだけなんだけど」
…………怒、更に倍。
「本匠……」
「いやああっ!助けて涅さーん!石田がっ!」
「なっ……」
突然叫んだ……しかも、本当に切羽詰ったような本匠の叫び声に、僕は唖然とした。
「どうしましたかっ!?雨竜に何か!?」
そして電光石火、ネムが現れた。本っ当に速い。ノリマキアラレ並みに(我ながら古い)。
見れば本匠は笑っている。くくく、と喉を鳴らして、ネムの肩にぽんと手を置いた。
「何でもないの、ごめんなさい。私の勘違い」
「?」
「じゃあね、私はこれで」
すれ違いざま、本匠は僕に言った。
「『に』じゃなくて『が』って誤解されるくらいの甲斐性見せてみなさいよ、そしたらもうあんたで遊ぶのは止めてあげるわ」
…………。
そう、ネムが叫んだのは、『雨竜“が”何か』ではなくて『雨竜“に”何か』。
僕は信頼されている。
……っていうか、ネムにその手の知識が無いだけなんだけれど。
僕はネムの純白さを思い知らされた。
……いや勿論その方がいいに決まってる。決まってる、決まってる……けど。
ほんの少し、ネムの成長を希望する僕が心にいるということは、精神修行が足りない証拠だと思う。