目が覚めると、ギンの姿はなかった。
 眠る前は隣にいたから、あたしが眠りに落ちて、それから一人出て行ったのだろう。
 あたしに気付かれないように、音を立てずに。
 あたしは纏わりつく金色の髪を無造作にかき上げた。邪魔で邪魔でしょうがない。あたしはいつだってこんな邪魔な髪は短く切ってしまいたかったんだけど、ギンが「乱菊の髪、太陽に透けてきらきらして、ホントにボク好きやなぁ。すごぅ綺麗や」と笑って言うものだから、何となく切り損ねていた。
 でも。
 ……切ってしまおう。
 あたしが何でギンの為に、こんなに邪魔に思う髪の毛を伸ばしていなくちゃいけないの。
 切る。絶対切ってやる。
 そんな事を考えている間にもあたしの耳は、ギンが帰って来やしないかとずっと耳をそばだてている。
 落ち葉を踏むギンの足音が聞こえないかと。
 そんな自分に気付いてあたしは自分に腹を立てた。
 あたしはずっと独りで生きてきた。
 夜の闇も怖くなかった。
 独りの世界も、淋しくなかった。
 ……だって、それしか知らなかったから。
 いつだってあたしの世界はあたし独りきりで、あたしに声をかけてくれる人も、あたしに笑ってくれる人もいなかった。
 夜の闇はいつだって独りきりのあたしの前に存在していた。
 でも、……ギンがあたしの前に現れて。
 あたしを、乱菊、と呼んで。
 あたしに笑って。
 あたしに人の体温の暖かさを教えてくれた―――それは、知らない方がよかった。
 ギンなんて大嫌い。
 知らなければよかったことを、こうしてあたしに教えてしまったから。
 夜の怖さも。
 独りの寂しさも。
 ギンがいなければ、あたしはそれを知ることはなかったのに。
「髪……切っちゃおう」
 あんたが好きって言ったから。
「どうして切るん?」
 気配も感じさせず―――ギンはいた。
 そこにいるのが当たり前みたいな顔で。
「ボク、乱菊の髪、大好きなんやけど。出来たら切らないで欲しいなあ」
「何―――勝手な事言ってんのよ」
 あたしは―――自分で思ってもなかった強い声で、ギンを睨みつけていた。
「勝手なこと言って―――勝手にいなくなって。あたしが、あたしがどんなに―――」
 独りで不安だったかなんて、あんたは知らないでしょう。
 そう言いかけてあたしは口を閉じた。
 自分に驚いた。
 だってあたしは、もっとずっと強かったはずだ。
 ただ目が覚めた時にギンがいなかったからって、たったそれだけでこんな風に、莫迦みたいに―――。
 立ち尽くすあたしの顔を覗きこみ、ギンは、
「ごめんな」
 と謝った。
「乱菊が起きたら、朝ごはん食べさせたろ思って。昨日見つけたんや、ほら」
 手にしたボロボロの布の中に、たくさんの木の実。
 ころんころんと、ギンがあたしの手の中に乗せる。
「起きたら吃驚させよと思って……」
 ぽろ、と涙が零れた。
 意識しないまま、ただぽろぽろと涙が頬を伝って、足元に小さな染みを作る。
「……見ないでよ」
「うん」
「別にあんたは関係ないわよ。ただ、夢見が―――悪かっただけなんだから」
「うん」
「……あたしは、別に独りで大丈夫だし」
「うん。―――乱菊」
「なによ」
「ごめんな」







「―――謝ったんなら、おんなじことしないで欲しいわ。学習能力無いのかしらあいつ」
 杯に半分残っていた酒を、あたしはぐいっと飲み干した。
 視界の隅に、修兵とイヅルが床の上に大の字になって倒れている。酒瓶が二人を取り囲むように転がっていた。
 あたしの声は、ふたりには聞こえてない。
「ホントは独りは厭だって―――知ってたくせに」
 泣いたあたしを抱きしめて、ごめんな、って呟いたくせに。
 結局また同じ事をあいつはしている。
「泣けば、また戻ってくる?ギン」
 独りはいやなの。
「泣けば、もう一度抱きしめてくれる?ギン」
 



『ごめんな』




「ほんとに―――勝手なんだから、あの莫迦」
 窓枠に肘を付き、あたしは空を見上げた。
 聞こえるかしら。
 届くかしら。
「謝ったって、許さないわよ」
 今度あたしの前に姿を現した時は―――決して掴んだ腕を放さない。
 思いっきり引っぱたいて、妙な夢から目を覚まさせてやる。
 あの開いてんだか閉じてんだかわかんない糸目を見開かせてやる。
「覚悟してなさいよ―――」
 それまであたしは諦めない。
 纏わりつく金の髪を指に巻いて、あたしは杯を青い空に放り投げた。