「どうした、白哉」
突然かけられた声に、白哉は―――実際には突然ではなく、何度も声をかけられていたのだが、単に白哉が気付かなかっただけだった―――顔を上げると、そこには十三番隊の隊長である浮竹の姿があった。
「何を考え込んでいる、珍しいな」
穏やかな笑顔で接する浮竹は、人の警戒心や悪感情を引き起こす事はまず無い。それが人柄なのだろう、浮竹の事を嫌う人間はほぼ皆無と言っていい。
白哉も人付き合いがいいとは言えない性格だが、浮竹とは比較的、言葉を交わす回数は多い。
「―――最近、何だかおかしいのだ」
浮竹の眉が心配気に寄せられた。白哉が他人にこうして弱音めいた事を吐くことは珍しい、というよりも今までない事だった。そう思って白哉の顔を改めてみれば、微かに憂いの表情を浮かべている。といっても、まず殆どの人間には気付かれない程度の変化だったが。白哉は感情を表す事はしないのだ。
「おかしいとは?」
「何だか眠れぬ。集中力も欠いた。何故だか苛々して堪らぬ」
冷静沈着、という言葉を具現化するとこうなるだろうという見本のような白哉の口からそんな思いがけない言葉を聞いて、浮竹は驚きに目を見張る。
「一体どうした?何かあったのか」
その問いかけに答える事無く、白哉はしばらく考え込み、顔を上げ、
「―――兄は誰か一人の者が頭から離れぬという経験をした事があるか?」
全く表情を変えずに白哉は言う。
また予想外の言葉を聞いて浮竹はすぐに返事をすることが出来ない。
「…………誰かが忘れられんのか」
「忘れる、というのとは違う。私はその者を知らぬ。一回その姿を目にしただけだ」
「その者がどうした?何か異質だったのか?不穏な空気を纏っていたか?何かに仇なすような……」
「いや、ただの娘だ。流魂街の1区で5日前に見かけた」
「…………」
「それ以来、何故かその娘の事が頭から離れぬ。ふと気付くとその娘が頭にあって、仕事にならず困っている。眠ると夢にまで出てくるのだ」
「…………」
「私は何か、気付かぬ内に術にでもかかっているのだろうか。しかしあの娘は、そんなことをするようにも見えなかったのだが」
「…………」
「如何したら良いと思う、浮竹」
無表情で淡々と告げる白哉の肩に、浮竹はぽんと手を置いた。意外だと思う心を隠して、年長者らしく穏やかに道を示す。
「もう一度、その娘に会ってみてはどうだ」
「…………しかし、再び見て、これ以上おかしくなると困るのだが」
「まあ、とにかく会ってみろ。出来れば言葉を交わしてみるのだな。そうすれば自ずと解決の糸口は見えてくるはずだ」
わかった、と生真面目に頷き、白哉は「早速行ってみる」と踵を返した。
その後姿を見送った浮竹の肩を、ぽんとたたく男が居る。
「どうした、今のは朽木家の御曹司じゃないか?何かえらく深刻な顔をしていたが何かあったのか」
同じ真央霊術院で机を並べた親友である京楽の言葉に、浮竹は優しい笑みを浮かべてこう言った。
「……恋のたまごってやつかな?」