「朽木隊長」
それは、白哉が霊圧で気付くよりも先に、その独特のイントネーションで背後からかけられた声の持ち主が誰だかわかる。
ゆっくりと振り返れば、案の定、五番隊の副隊長章を付けた男が、いつもの笑みを浮かべて立っている。
「市丸副隊長」
白哉がそう呟くと、ギンは「呼びかけてすみません」と、頭を下げる。
元々そう交流のある者ではない。そのギンが何故廊下の途中で自分を呼び止めたのかと白哉は内心首を傾げていたが――勿論そんなことはおくびにも出さないが――続くギンの言葉でその謎は解けた。
「朽木隊長、この度はおめでとうございます」
「―――ああ」
「遠くからですけど、ちらっと奥さん見せてもらいましたわ。綺麗な人ですね」
そのギンの言葉は、白哉にとってあまり嬉しい言葉ではない。
緋真が見世物のようで好い気はしないのだ。
元々、誰に見せたいとも思ってはいない。逆に、誰の目にも触れさせたくはないのだ。それが自分の独占欲の所為だということも、白哉は十分承知している。
「で、今日は朽木隊長にお祝いで―――これを」
何処から取り出したのか、ギンの右手には小さな本がある。それを白哉に押し付けると、「奥さんを幸せにする為に是非」と、変わらぬ笑顔で告げて、ひらりと身を躍らせた。
そのまま1階の廊下へと降り立ち、「貴族ではどうかわかりませんが、僕ら平民の間では、男はこの知識がなくちゃ女性に笑われますよって。毎日ひとつ。それが常識なんですわ。朽木隊長も読んどいた方がええですよ」といつもの笑顔で頭を下げ、五番隊の方へと去っていく。
「―――?」
一人残された白哉は、その手の中の小さな本の頁を開き―――
「で?」
「で、とは?」
「その―――毎日?」
「それが市井の常識なのだろう。私は緋真を貴族の慣習に縛り付ける気は―――」
そこで白哉は、目の前の浮竹と恋次の表情に気付いて「―――何だ?」と眉を顰めた。
「いや―――白哉、その、言い難いが」
「隊長―――それ、市丸に騙されてますよ」
はああ、と溜息を吐くふたりを前に、白哉は眉を顰めたまま、浮竹と恋次を交互に眺めやる。
「普通毎日は……なあ、阿散井」
「しかも……ねえ、結構あれ、身体つらいですよねえ……柔軟性がなくちゃきついっすよ」
「う、うむ……実は俺もよく知らないのだが」
「しかも毎日……毎日ひとつ……つまり48日間……」
恋次と浮竹は目を見交わし、自分の頭にある考えを相手も考えていると確信し、再び同時に溜息を吐いた。
曰く。
『緋真さんが身体を壊したのってそれが原因なんじゃ……』
「―――何だ一体」
話が見えない白哉に、その事実を告げたほうがいいのか悪いのか、恋次と浮竹は途方にくれて、この話の発端となった白哉の机の上の小さな本―――六番隊四席が今度結婚するという事で、白哉が贈答用に用意したその本―――を見つめるだけだった。