「……何をしているんだ?こんな所で」
 六番隊の、副隊長の執務室。
 その扉の前で、死覇装を着たルキアは弁当箱を持ったまま呆れた声を出す。
 一護たちが現世へ戻って一週間が経っていた。恋次の傷も完全に癒え、ルキアもゆっくりとしかし確実に心の傷は塞がっていき、以前のような儚い顔をすることは無くなった。それは、あれ以来常にルキアの傍らに居る、赤い髪の幼馴染のお手柄と言っていい。
 幼馴染……恋人、と言えるほどの確かな関係がある訳でもなく、かといってただの幼馴染ではありえない。二人の微妙な関係を表現する言葉は今のところ無いけれど、彼らは彼らでとても幸せだった。いや、ルキアはとても幸せだった。恋次は幸せの中に、僅か切なさも抱いているようだったが。
 その恋次と昼食を一緒に摂ろうと十三番隊の隊舎からやって来たルキアは、扉を開いてすぐに目に入ったその光景に呆れた声を出す―――広い執務室の真中で、恋次がしていた事。
「やっぱ何だか入院してた所為で身体が鈍ってる気がすんだよな……」
「……でもお前、執務室のど真ん中で腕立てなんかしてたら、入ってくる者は皆驚くだろう?」
「そおか?俺よくやってるけど」
「……そうか、周りが驚かねば別に私がどうこう言う事でもないが……」
「ちょっと待っててくれ、あと50回……」
「ん、別に構わん。好きなだけしてろ」
 ルキアは二人分の弁当箱を、よいしょ、と机に置くと(ルキアは小食だが恋次は良く食べるので、その弁当箱はかなり大きな漆の三段重ねのものだった)恋次の椅子に座って腕立てをする恋次を見下ろした。
 もう結構な数をしているらしく、額には汗が滲んでいる。それでも疲れた様子も見えず、綺麗な形で恋次は黙々と腕を曲げ、伸ばす。とても鈍っているようには見えない、筋肉の付いた、均整の取れた身体だ。
 恋次は更に上を目指す。
 現在の副隊長の中で、卍解を取得しているのは恋次だけだ。それも驚くべきスピードでそこまで上り詰めた。
 全ては自分のためだったと、ルキアは知っている。 そして更に上を目指しているのも、自分のためだと―――朽木家の一員である自分を迎えるため、相応の身分、即ち護廷十三隊の隊長になるためだと―――ルキアは知っている。
 恋次は何も言わないけれど。
 その位は解る―――自惚れでは無いと、思う。
 そして、ルキアは早くその時が来ればいい、と思っている。
 恋次には言わないけれど。
「―――手伝ってやる、恋次」
 更なる上を目指す恋次の手助けをしたくて、ルキアは椅子から降りると恋次に近づく。
「あ?」
 首だけ捻ってルキアを見る恋次の背中に、ルキアは背中に腰を下ろした。
 そのまま首に手を回し、しがみつく。
「重いものを背負った方が訓練になるだろ?」
 そう言いながら、ルキアは恋次の背中に、ぴと、と身体をくっつける。
「……重くねえ」
「確かにそこで『重い』と口にしたら張り倒そうと思っていた」
 それが女心と言うものだ、とルキアは笑う。
 けれど恋次には笑う余裕は無く。
 重くは無い、確かに。ルキアの身体は恋次にしたら軽すぎて、背中に乗っていても何の支障もない。
 重さだけならば。
 そう、背中に感じるルキアの体温、そして……紛れもない、明らかに、背中に当たるやわらかい、それ。
「どうした?続けないのか?」
「……いや、その、つっかかってよ……」
「つっかかる?」
「手と足以外に床に付く場所が新たに出現……」
「は?何を言ってるんだ、お前?」
「……それは秘密です」
 べちゃ、と床に突っ伏す恋次に、事情の解らないルキアは「軟弱者ー!」とその背中をぽかぽかと叩いた。


 うららかな午後の昼下がり。
 






手と足以外に床に付くものが何か、わからない方はそのままの貴女でいてください。