熱の所為で熱い身体を横たえて、白哉は彼らしくもなく溜息を吐いた。
―――自分の不甲斐なさに呆れ返る。
じっと天井を見ながら、白哉は己を罵った。
確かにここ最近、無理はしたかもしれない。けれど熱を出すとは思っていなかった。自分はもっと頑丈だと思っていた―――その白哉の思いを知ったのならば、夜一あたりは笑うかもしれない。「白哉坊は子供の頃から身体は丈夫でないくせに何を言う」と。
―――今、この様に倒れるなど、一番してはならないというのに。
白哉はキリ、と形のいい唇を噛み締めた。
今。
そう、今この時期。
緋真を妻と迎え入れ、夫婦としての二人の生活が始まった、この、時。
こんな時期に自分が倒れては、口喧しい一族の者たちが、ここぞと口を揃えて言う言葉はわかっていた。
―――これだから下賤の者に白哉の、朽木家の妻は務まらぬ。
自分が今までになく無理をしたのは、こういった一族の者達の口を塞ぐためだった。
緋真を妻にと望んだ白哉に、最後まで、いや今でも激しく反対を続ける老輩共に、口を挟む隙を見せないよう、何事にも完璧にしてみせると、勢い込んだ結果が―――これだ。
結局、緋真をつらい目にあわせてしまう。
今でもこの朽木の家で、肩身の狭い思いをしているのは知っている……緋真は決してそのような素振りを見せないけれど。
いつも優しく微笑んでいる、けれど。
「……白哉さま?お休みですか?」
そっと障子の向こうから遠慮がちな声がして、白哉は上体を起こした。
「起きている」
静かに障子が開いて、そこに見る緋真の姿に、白哉は幸福感を隠せない。
つらい思いをさせると解っていた。
けれど、どうしても傍に居てほしかった。
それは自分のエゴイズム……何よりも手に入れたかった、何よりも大事だった。
他の誰にも渡したくはなかった。
そして緋真は此処に居る。
「白哉さま、横になっていなくては……」
「大丈夫だ、明日には仕事に戻る」
「無理です、まだ熱があるんですよ?」
「この程度の熱、全く支障はない」
白哉の言葉に、緋真は困ったように首を傾げる。けれど今はその話は後回しにして、傍らに置いた小さな土鍋を白哉の方へ差し出した。
「もし食べられるようでしたら、少し召し上がってください」
「……これは?緋真が?」
はい、と小さく頷いて、緋真は慌てたように「あの、白哉さまのお口に合うかわからないのですが……」と俯いた。
「風邪を引いたとき、よく食べるものなんですけれど……」
緋真の声は徐々に小さくなる。己が良く食したとはいえ、大貴族の白哉はこのような庶民の食べ物は口にしないだろう。もっと栄養のある、遥かに美味しいものを料理長が作るに決まっている。
傍らに置いた、小さな土鍋の中の卵おじやに、今更ながら緋真はその場違いさに気付いて恥じ入った。
その緋真を見ながら、白哉は愛しさに胸が熱くなる。
調理場を使う事は禁じられていたはずだ。下々のように、妻自らが食事を作ることなど朽木家には在り得ず、故に緋真はそこに入った事はないはずだ。
けれど、白哉の為に。
恐らく、冷たい目を向けられながら。
それでも、白哉の為に……日頃、朽木家の家風に背くことをしない緋真が、白哉の為に己を通したのだろう。
「……頂こう」
途端、嬉しそうに微笑む緋真に、白哉も思わず微笑んだ。
その微笑が戸惑いに変わったのは、
「熱いですから、気をつけて……」
匙に掬って差し出された故。
白哉は匙と緋真へ視線を往復した。
「白哉さま?」
緋真は不思議そうに白哉を見る。緋真にとっては、特別な事ではないのだろう。
一瞬の躊躇いのあと、白哉は緋真が差し出すその匙を口に含んだ。
「どうですか?」
「……美味い」
卵と醤油で味付けされただけのそのおじやは、シンプルだが身体が温まり、口に優しかった。
「よかった……」
無理しないで、食べられるだけを食べてくださいね、と緋真は言い、再び匙を白哉へ差し出す。
緋真に食べさせてもらいながら、白哉は、たまには寝込むのも良いな、とちらりと考えていた。