恋次の病室の扉を開いたルキアの目に飛び込んできたのは、ベッドの上で、四番隊の少女に包帯を取ってもらっている恋次の姿だった。
「あ」
 すみません、と頭を下げるルキアに、少女は「いえ」と笑って「もうすぐ終わりますので、ちょっと待っていて下さいね」と告げた。
「いや、外で待っている」
「いいからいろよ」
 恋次にそう言われて、ルキアは躊躇いがちに頷いた。手近にあった椅子を引き寄せ腰を下ろす。
 少女は手際よく、くるくると恋次の身体に巻かれていた包帯を解いていく。その少女の身体が恋次に密着しているのを見て、何故かルキアは自身でもわからない不愉快な気分になって、つい、と視線を逸らす。
「ああ、もうすっかり傷は塞がりましたよ、よかったですね」
 明るい少女の声に、ルキアは視線を恋次へと戻す。ベッドの上の恋次の上半身は、今は包帯が全て取れ、その逞しい身体と黒い鋭利な模様が、白い陽の光の中に曝け出されている。
「どーも、色々すみませんでした」
「今日一日様子を見て、何もなければ明日退院という事になりますので……」
 恋次の肩に着物を羽織らせ、少女は「では、失礼致しました」と、恋次ににこりと微笑んで、ルキアに頭を下げて部屋から出て行く。
 その後姿を見送って、恋次はルキアに視線を戻した。
「……何不機嫌なツラしてんだよ」
「別に不機嫌なんかじゃないぞ」
「鏡見てみろ、何だその顔」
「元々こんな顔だ、悪かったな。それよりお前も自分の顔を鏡で見てみろ、ニヤニヤしてるぞ」
「してねーよ!」
「ふん、鼻の下伸ばしてたくせに」
「してねーぞ!変なこと言うな、コラ」
 ぼふ、と胸に抱き寄せられて、ルキアは赤面する。つい昨日、恋次に想いを伝え、恋次の想いを聞いたばかりだ。その昨日の事を思い出してルキアの頬は更に熱を帯びる。
 慌てて昨日の記憶を振り切るために、目の前にある不思議な模様に集中する。
 恋次の身体に走る、黒い模様。
 こんな間近で見るのは初めてだ。思ったよりもその数は多い。何故こんな風に身体に彫物をするのかはわからないが、それも恋次に似合っていると思ってしまうのは惚れた弱みか。
 ルキアの凝視に気がついたのか、恋次はルキアの身体を遠ざける。
 む、と眉を寄せるルキアに、「いやこんなの見てるのはつまんねーだろ?」と恋次は言う。
「つまらなくない。見せろ」
「見てどーすんだよ、いーじゃねーか別に」
「何故隠す?見られて困るものでもあるのか?」
「ねえよそんな物!」
 ただ単に、ルキアの吐息が直接肌に触れているということに、ちょっぴり自制が利かなくなりそうだった青い恋次だった。
「じゃあ見せろ!」
「いやちょっと、やっぱり色々と問題が」
「何を恥ずかしがっておる、お前の裸など戌吊で何度も見てるから大丈夫だ!」
「いやあの頃とは随分サイズが違ってるし」
「何を言ってるんだ、もういい、勝手に見るぞ!」
「うわ!」
 突如ルキアが覆い被さってきて、その勢いに押され恋次はベッドの上に倒れこんだ。その上にルキアは瞬時に跨って、「どれ、じっくり見せてもらうぞ!」と楽しそうに笑った。
 横になった恋次の腰の辺りに乗っかりながら、ルキアはじっと恋次の刺青を目で追っている。目で追うだけでなく、肌に触れてその模様をなぞる。顔を近づけ、その吐息が肌をくすぐる。
「…………」
 美味しすぎ。
 なんだかこの体勢は美味しいぞ。
 ……生きてて良かった。
 そのルキアの、見ようによってはかなり挑発的な行為に、恋次は自身の身体の一部が変形しそうになっている事に気がついた。もしそうなれば、その真上に腰掛けているルキアにもろバレである。恋次は慌てて別の事を考える。
 更木隊長の女装姿とか。
 涅隊長のサンバカーニバルとか。
 ……よっしゃ。
 萎えた。
 ああでもルキア可愛いなあ、ホント可愛いなあ……。 
 へら、と笑う恋次とは逆に、ルキアの表情は暗くなる。
 その模様の上を走る、様々な赤い痕。
 傷は塞がっていても、その傷の痕は未だ生々しく恋次の身体のいたる所にその存在を主張している。
「……傷……こんなに……」
 ぽつりと呟かれた言葉に、恋次は我に返った。
 ルキアの心の傷はまだ癒えていない。
 自分の所為だ、と思うルキアの思いをまだ恋次は完全に癒せていない。
「……こんなんすぐ消えるって」
「…………」
 黙りこむルキアの頬に、恋次は手を伸ばす。
「何でも気にしすぎだ、莫迦野郎」
「……でも」
「でも、じゃねえ」
「…………」
「お前が生きていたんだからよ、もうそれで充分なんだ」
「…………」
「生きて、此処に居りゃあ……充分なんだからよ」
「恋次……」
 ベッドの上の、恋次の身体に寄り添うようにルキアの身体が倒れ、恋次はルキアの身体を受け止め抱きしめる。
 恋次の右手が、ルキアの頭を抱え寄せ、
 二人の唇が近づく……吐息が触れる。
 一瞬躊躇する恋次に頷くように、
 ルキアはそっと目を閉じた。
 此処まで来るのにかかった長い時間。
 吐息をひとつに絡めるために、ふたりは、僅か震えながら、相手の吐息を感じ、そしてゆっくりと、永遠にも思えた距離を、今―――

「う―――っす!!怪我はどうだ、軟弱者!!」

 「「「……………………」」」
 突然の乱入者の声に、ベッド上で横たわり抱き合っている二人は硬直した。
 乱入者である一護も硬直している。
 凍る空気。張り詰めた緊張感。
 バナナで釘が打てるこの温度。
 新鮮な薔薇もこの通り。
 等と昔流れていたモービ○1のCMのような−40℃の世界の中、石になった三人の内で、真先に動き出したのは一護だった。
「わわわ悪ぃ!」
 と踵を返し部屋から出て行こうとする。が、慌てていたのか閉じた扉にゴンと頭を打ち付けて「痛ぇ…」と呻いた。
「まままま待て一護!違うのだ、誤解をするな!べべべべ別に私達は何もしていない、というか恋次が、恋次がまた私に喧嘩を売ってきてだな、私はそう、こいつを懲らしめていただけだ!」
「……っておいルキア!お前、恋次……っ!」
「そう、恋次が喧嘩を……れ、恋次!?」
 混乱のあまり自分が目の前にあった恋次の首を絞めていたことに気が付いて、ルキアは慌てて両手を離した。恋次の身体はぐったりとしていて、ルキアが手を離した途端、妙な人形のようにぶらん、とベッドに倒れこむ。
「うわ、何か恋次の顔が紫色に……!(怖)」
「恋次!恋次!だ、誰か来てくれ!!恋次が、恋次が!!しっかりしろ、恋次!一体誰がこんな……!」
「お前ぇだお前!」
 忽ち大混乱となったこの病室、明日には退院と言われていた恋次の宿泊数が増えたのは、こんな事情からだった。
 数分後、息を取り戻した恋次が最初に言った一言は、「生きてて良かった……」だったという。









こんな恋次とルキアと一護の関係が私の理想…。