生活が環境が変わって、それに慣れ始めた頃。
 仲いい奴らが連れ立って、夏祭りに繰り出した。
 それは単なる学園生活の一部の、他愛無い記憶だ。 


「私?」


 戸惑ったような声に、殊更何でもないように乱暴な声で「行きたくねーなら別にいいけどよ」と俺は言う。
「行きたくないとは言わないが」
 私が行っても構わぬのか、と遠慮がちに呟いたあいつの声に「何言ってんだよ」と鼻で笑った。
「遊びに行くんだぜ、一組も二組も関係ねーだろ」
 それでもまだ不安そうなあいつの言葉を待たず、俺は「じゃあ今夜7時な」と一方的に告げて背中を向けた。
 これであいつは断れないとわかっていたから。
 そして案の定、あいつは待ち合わせの場所に現れた。


 そうして大勢で向かった先は、よくある祭りの風景だ。
 これといった特徴はない。
 何処にでもある普通の祭りの風景だ。


「恋次!」
 ほっとしたような声。
 人込みの中、迷子の子供のように不安げに周りを見ていたあいつは、俺の姿を見て安堵の笑みを浮かべていた。
「んだよ、餓鬼じゃねーんだからはぐれんな」
「仕方ないだろう、こんなに人がいるのだから!」
「まあお前はちびだからしょーがねーな」
「……お前が無駄にでかすぎるのだ!」
「あー俺は確かにでけぇけど、お前も確かに小せえよなあ」


 きっ、と睨みつけるその顔もよくあるあいつの表情だ。


「あーほら、他の奴ら行っちまったじゃねえか」
 途端、あいつは申し訳なさそうに視線を下に落とす。
 自分の所為だ、と思っているのだろう。
 それもよくあることだ。



「仕方ねえなあ」
 ほら、と差し出した手に、あいつは一瞬驚いたような顔をして、
 それから躊躇うように俺の手を取った。
 



 あいつが俺の傍にいる景色は、こんな風に当たり前のことで。
 だから何でもないことなのだ。
 こんな記憶は、記憶として残るほどのものではない。
 他愛無い、記憶。






 けれどそれは、今では遠い景色の向こうだ。
 その存在は、遠く手の届かない場所にある。



 繋いだ手のぬくもりも、
 今では―――遥か、遠い。



    SIDE 「恋次」