「いい加減にしろ、やちる」
 遥か頭上から掛けられる苦虫を噛み潰したような声に、やちるはむっと頬を膨らませる。
「いい加減にして欲しいのはこっちの方だよ」
 そのやちるの周りには、男達が三人、足や腕を抑えて倒れている。その男達の口から漏れる苦しげな呻き声に、剣八は鬱陶しそうに眉を顰めると、真新しい、背中に「十一」と染め上げられた白い羽織から伸びた手で、自らの顎に手をやった。その剣八に、弁解するようにやちるは言い募る。
「あたしは何もしてないよ?こいつらがあたしに喧嘩売って来るんだもん。チビは流魂街へ帰れ、って言うんだよ?」
 突然精霊廷に現れた長身の男と幼い少女。その長身の男はつい先日、異例の試験で十一番隊隊長になった。
 そして。
「そのナリで副隊長試験受けるお前が物珍しいんだろうよ。ここはプライドばかり高ぇ奴が多いからな」
「っていうより潰しにかかってるんだと思うけど」
 浴びせられる暴言、謂れの無い暴力。それを甘んじて受ける理由はやちるには無いし、理不尽な事を平気でする相手に容赦はしない。
 故に、ここ数日、やちるは二桁にのぼる男―――時には女―――を、掛かる火の粉を振り払うために叩きのめしてきた。
「手当たり次第に手ぇ出してんじゃねーよ、少しは物を考えろ」
「剣ちゃんがそれを言う?手当たり次第に手を出す癖に」
「煩ぇ。とにかく少しは頭を使え」
「えー。あたしそういうの苦手ー」
「副隊長になるんだろーが。俺ァお前以外の副官なんざいらねーぞ」
 その剣八の一言に、やちるの顔はぱあっと明るくなる。
「うん、解ったよ剣ちゃん!あたし、もう手は出さないから!剣ちゃんの副官になる為だったら、頭だって使っちゃうもんね!」
 にこにこと満面の笑顔のやちるに、剣八は「け」と横を向いた。


 人垣は剣八の姿を見て、自然、左右に割れていく。そこを悠然と通って騒動の元へと辿り着くと、そこには元凶が「剣ちゃん!」と手を振っていた。そのやちるの周りに、倒れ伏した複数の男達。皆一様に額を押さえて呻いている。
「ちゃんと手出さなかったよ、やちる!ぜーんぶ頭を使ってやっつけたもん、褒めて褒めて!」
 剣八は男達を眺めやる。
 額を押さえて呻く男達。
「……もう勝手にしろ、手でも何でも出してくれ。金輪際頭を使わなくて構わねえ」
「え?何で?」
 きょとんとするやちるに、剣八は「これ以上莫迦になっちまったら困るからだよ」と呟いたが、その言葉は幸いやちるの耳には届かなかった。






なんか剣八が別人だなあ…