災厄は、褐色の肌をした女性の姿をとって現れた。


 丁度その時、僕は中間テストに向けて、ネムと朽木と阿散井に暗記する場所を教えていた所だった。それはある程度の点数を取っておかないと、追試・補習と、悪くすれば進級すら危うくなるせいで、ネムが落第して一人で違う学年に居るというのは余りに危険だから(決して離れていたくないから、じゃない。僕はそんなに独占欲は強くない。……本当だってば)それは避けたい。
 元々ネムだけを教えるつもりだったのに、何故か朽木と阿散井も僕らの家にやって来て一緒に勉強をしている。彼らも彼らなりに追試や補習を避けたいと思っているのだろう。
 高校一年までの知識を、数日で覚えるのは勿論不可能だ。だから僕は、重要箇所……必ず此処は出る、という部分を三人に丸暗記させる事にした。意味などわからなくてもいい。とにかく丸暗記。これで少なくとも赤点という事はないだろう。
 という訳で、各教科のテスト範囲の最重要箇所を三人に伝えていたその時、突然「元気か、青少年!」と部屋の中に現れたのは、
「夜一さん、毎回言ってますが、来る時は玄関から呼び鈴を鳴らして普通に入って下さい」
「ふん、現れたその時にお前とネムの濡れ場の真最中だった、という事でもありそうならば儂も玄関から入ってくるわ。が、お前にそんな甲斐性は無いんだから良いじゃろう。それとも予定でもあるのか?ん?性少年」
「変な呼び方しないで下さいっ!」
「つまらんのう、他人の濡れ場ほど面白い見物は無いと言うのに」
「サイテーな人ですね、貴女」
「何か言ったか?」
「いえ何も」
 僕は視線をつい、と夜一さんから逸らす。と、妙にしゃちこばった朽木と阿散井とネムの姿があった。
 彼らは尸魂界で半ば伝説と化している四楓院夜一に、尊敬や恐れや畏怖、そういったものを持っているらしい。長く尸魂界にいた人間はそうなのかもしれない。確かにこの人は強い、桁外れに。けれど、その言動も桁外れに突拍子も無いのだ。だから僕は時々突っ込んでしまうが、そういった事はこの三人には考えられない事らしい。夜一さんを前にすると、いつも神妙にしている。だから夜一さんに突っ込んでいるのは僕と黒崎くらいだ。
 その夜一さんといえば、「今日はの、面白いものを見せてやろうと思って寄ったのじゃ」といたくご機嫌な様子で……ん?
「夜一さん、酔ってるでしょう」
「まあな。二日続けて眠らずに、ただただ飲み続けるとな、流石の儂も酔っ払う」
 ……化け物め。
「という訳で、儂の秘儀をお主らに見せてやる。というか儂が見たいのじゃ。お主等も喜ぶと思うがな」
 へらへらと笑う夜一さんに、僕は確実に嫌な予感がした。
「ちょっと待っ……」
 制止する前に、夜一さんは何事かを超高速で呟いた。
「う……わっ!」
 眩い閃光。
 それは激しく僕達の目を射抜き、僕達の身を包み―――一瞬で消えた。
 瞑った目を恐る恐る開けてみる。すると、そこには―――!
「ほら、面白いじゃろう?」
「……面白すぎて臍で茶ァ沸かすわっ!!!」
 思わず敬語を使用する余裕が吹っ飛んでいた僕だった。
「ほう、その茶を飲んでみたいものじゃ、雨竜も色々と技を持っておるな」
「って、そんな事よりなんですかこれはっ!!」
 これ↓。
 ぴょこんと頭から飛び出した、黒い毛に包まれた二つのもの。
「ね、猫耳っ……!!」
 阿散井が朽木を見て、愕然とそう言った。
「何!?」
 朽木が自らの頭に手をやって、「な、何だこれは!?」と、それに触れて驚愕の叫び声を上げた。
 そして、その朽木の横には、見間違えようもなく同じ黒い毛に包まれた、頭からぴょこんと飛び出した二つの物体をもつ、……ネム。
「……雨竜」
「…………」
 猫耳。
 …………可愛い。
「じゃなくて!!」
 僕は邪念を吹き飛ばした。
「何なんですか、これは!!」
「儂が編み出した鬼道じゃ。今までは儂自身にしかかけられなかった術じゃが、日々改良を重ねてこうして他人にもかけられる様になったのじゃ。女子限定じゃ。しかも、儂のように完全に猫になるのではなく、耳と尻尾のみというマニアにはたまらない仕様になっておる」
「尻尾!?」
 再び朽木の「うわあ!」という声がした。そちらへと目をやれば、朽木の制服のスカートの裾から、黒い尻尾がぴこぴこと揺れていた。
「う、うわ……」
「こら見るな、莫迦恋次!」
 尻尾が動けばスカートもそれに連れて上がる。かなり際どい位置までスカートが上がってしまい、朽木は尻尾の動きを止めようと必死なようだ。けれど尻尾の動かし方に慣れていない朽木は(当たり前だ)かえって危うい状態になっている。そして阿散井は頬を染めてその光景を凝視していた。
「見るなって言ってるだろう、莫迦!」
 途端、しゃきん!と音がしてばりばりと引っかく音がする。哀れ阿散井の顔には赤い綺麗な平行線が書き込まれていた。
「あ、爪も標準装備じゃ」
「最初に言ってくれ!」
「次に覗き込んだら、お前の顔で○×が出来るようにしてやるぞ」
 阿散井と朽木の喧嘩に意識を集中して、決して見ないようにしていたのに、ネムは僕の袖を引張って「雨竜」と呼ぶ。
 ぎぎぎ、と音がしそうなほどぎこちなく隣を見ると、大きな瞳で「……どうしましょう」と呟くネムが居た。
 ぴるぴる動く猫耳。ぴこぴこ揺れるしっぽ。
 …………。
 うう。
「も、元に戻してくださいっ!!」
 僕は夜一さんに頭を下げた。
 理性が吹っ飛びそうだ。
「折角可愛いのにのう」
「いやホントもう可愛くてたまらな……じゃなくて、僕!!……お願いですから!」
「まあ、お前がそう言うのなら元に戻してもいいが、一つ言っておくことがある」
 夜一さんは表情を引き締めると、僕の目を見つめた。
「はい?」
 その鋭い視線に、僕は緊張する。
「戻し方が解らぬ」
 ……………………………………………………大激怒。
「何だとおおおおおお!!!!!」
「うわ、何じゃお主!」
「今何て言ったあ!?あんたは今何を言ったんだ!?」
「だから戻し方が解らぬ、と」
 けろり、と、この人はっ!!!
「まあ適当に呪言を唱えれば戻るじゃろう、安心しろ」
 酔っ払いのいい加減さでそう安請け合いすると、夜一さんは言った。
「マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤン」
「………違うだろー(疲労)」
「ヤンバラヤンヤンヤンってなんじゃろうな。ちょっと間抜けだとわしは思うぞ?」
「………知るかっ!(ぼそ)」
「うん?おかしいのう、戻らんな……これでどうじゃ、『しゃらんらっ』!」
「さ、寒い……」
「マハールターマラフーランパ!」
「マイナーすぎる!」
「ララベルララベルベララルラー」
「微妙…」
「ピピルマピピルマプリリンパ!」
「アダルトタッチで……ってこれ以上何をする気だ!」
「パンプルピンプルパムポップン!」
「歌手にでもなる気かいっ!」
「パラリンリリカルパラパラマジック!」
「今手品ブームですよねえ」
「エクスペクト・パトローナム!」
「うわ、随分有名所に飛びましたね!……って本気でやる気あるんですか、貴女は!!」
「む、おかしいのう、『エコエコアザラク』」
「呪ってどうする!!」
「エマージェンシー!デカレンジャー!」
「そりゃ変身ものですけど、術とは何の関係もないでしょう」
「マージマジ・マジーロ!」
「そりゃ確かに魔法戦隊ですけどね……って見てるんですか貴女!日曜朝7:30に!!」
 流石の僕も突っ込みすぎて息切れしてきた。
 むむ、と夜一さんは首を捻る。どうやら今までのは冗談じゃなくて本気でやっていたようだ。しかし何でこんなに現世の魔法少女の呪文を知っているんだ?実は夜一さんはかなりなマニアなのではないだろうか。
 ……全ての呪文を知っていて突っ込めた僕の事はまあ置いておいて。
 この場の誰もが僕にそう突っ込まないんだから、そーゆうことはスルーして欲しい。
「おかしいのう、これだけ言っても解呪しないとは」
「呪いなんですか、これはっ!?」
 ぽん、と手を打つと夜一さんは「まあその内治るぞ、多分」と朗らかに言い切った。
「もしかしたら愛のちゅーで呪いが解けるかも知れん。古来より姫にかけられた呪いは、王子のキスで解けるというからな」
「またそんないい加減な事を……」
 ふと横目で見たら、阿散井が「ルキア……っ!」と今まさに唇を重ねようとしている所だった。
 あ。
「何をする、莫迦者!」
 ……これで当分○×をするのに紙はいらなくて済むな……。
「……夜一さま、もうお戻りにならねば……」
「ん?もうそんな時間か?」
 不意に聞こえた砕蜂さんの声に、夜一さんは立ち上がる。
「じゃ、そー言う訳で、儂は帰るぞ!」
「ちょっと待った!このままにしていく気ですか、貴女は!」
「いや、砕蜂と約束があってな、行かねばならん」
「行かせませんよっ!」
 必死で夜一さんの腕を掴む僕の前に、「無礼者!」と言う声と共に現れたのは―――
「砕蜂」
 夜一さんが嬉しそうな声を出す。
 そう、そこに現れたのは、砕蜂さんだった。
 ―――猫耳尻尾付きの。
「「「「「………………」」」」」
 僕、ネム、朽木、阿散井、砕蜂さん。
 全員が全員を見遣って、無言。
 唯一人、「猫はやはり可愛いの」と呑気な死神。
 誰か。
 この人を何とかして下さい………。



「必ずこれを消す方法を見つけ出す」
 待っていろ、とそう言って砕蜂さんは夜一さんを引き摺って行った。夜一さんも砕蜂さんには逆らえないようだ。
 阿散井は朽木の猫耳に魂を奪われているようで、引っかき瑕を恐れずに、果敢に朽木を構っている。朽木はそれを猫らしく「ふーっ!」と威嚇していた。
 そして。
「……試してみましょう?」
「だからあれは夜一さんのいい加減な嘘だってば」
「試してみなければ解らないじゃないですか」
 ぴん、と立った猫耳。期待するようにふるふる動くしっぽ。
「何もしないで結果を断定するなんて、雨竜らしくないですよ」
 そう言って僕に向かって顔を上げ、ネムは目を瞑った。
 僕はそっと後を窺う。
 朽木達は攻防に忙しい。
「―――僕らしくないですか」
「はい。雨竜は推測だけで断定はしない人です」
「僕らしく?」
「はい。雨竜らしく、どうぞ」
 ネムに唆されている様な気もしないでもないけど。
 僕はそっと唇を重ねて、確かめる。
 唇が触れた瞬間、ネムのしっぽがぴくんと跳ねた。
 その、ぱたぱたと嬉しそうに揺れたしっぽと、ふにゃ、と下がった猫耳が、この行為で消えたかどうかは―――
 想像にお任せいたします。
 







魔法少女の呪文は、私も全て知っているわけではありません。
見ていなかったものもあります。
色々調べて見ました(笑)