「……本当か?」
我ながら低い声だと思う。それだけ今一角が俺の耳に入れた話は不愉快な話だったからだ。
「ああ、結構噂になってるぜ。今二組見たら、実際二人で居たし」
「……この俺の存在を知りながら、よくそんな真似が出来るもんだな」
「まあ、勇気だけはあると褒めてやりてえよな」
軽口を叩く一角を睨みつけると、俺は一角が見たというその二組の教室に向かって歩き出した。
教室の扉から覗き込むと、確かにルキアの横に一角の言った通り、親しげに話をしている野郎がいる。
ルキアも何だか楽しそうなのが腹立たしい。……とにかく俺の存在をアピールすべく教室の扉を開けた。
「恋次?」
驚いたように振り向くルキアに、「帰ろーぜ」と声を掛けると、ルキアは「今日はもういいのか?」と嬉しそうに答えた。次の瞬間、「あ」と傍らの男を振り返る。
「じゃ、また明日な、ルキア」
あからさまに俺を無視して野郎はそうルキアに告げ、鞄を手にして立ち上がった。そうして俺とすれ違い様、ちらりと俺を見て、……にやりと笑った。
「……なんだ、あいつ」
不機嫌な俺に気付かずに、ルキアは「最近色々と私を気に掛けてくれるんだ。いい奴だぞ」と無邪気に笑う。
「なんであいつがお前を『ルキア』って呼ぶんだよ」
「……お前だって呼んでいるじゃないか」
不思議そうに俺を見上げるルキアに、俺は歯がゆくて気が狂いそうになる。
「あのなあ、あいつがお前を狙ってるって噂流れてるの、お前知らないのかよ?」
「……私を?」
きょとん、とルキアは目を見張ると、次いで笑い出した。
「そんな訳ないだろう、お前の気にしすぎだよ」
くすくす笑うルキアに、俺は不機嫌なままだった。
それ以来、俺が二組の教室を通る度に、野郎はルキアの横に必ず居る。
何を話しているのか、大抵ルキアは楽しそうに笑っている。野郎はいつも窓側に立ってルキアと話しているから、自然ルキアは廊下側、俺が覗き込む側に背を向けている。かろうじて横顔が見えるくらいで、大抵ルキアは俺の姿に気付いていない。
睨みつける俺に向かって、野郎は不敵に笑って見せた。
一組に居る俺と、二組に居るあの野郎では、ルキアと一緒に居られる時間があまりにも違う。あの野郎の余裕の笑みは、つまりそういう事なのだ。「一緒にいられる時間の長い俺を、彼女が選ぶのは時間の問題」。ああ腹が立つ!!
「いいのかよ、彼女盗られちまうぜ?」
外野席の一角は面白そうに俺に言った。それに対して容赦ない鉄拳を喰らわせ、呻く一角に向かって俺は「見てろよ」と宣言する。
「二度と野郎が不埒な気を起こさないように、一発で撃退してやらあ!」
「お手並み拝見……」
いつの間にか近寄ってきていた弓親が一角の代わりにそう受けて、俺は「おう!」と返して放課後の二組へ肩を怒らせて向かった。
放課後の大分過ぎた二組の教室は、相変わらずルキアと野郎の二人しか居ない。何故いつも放課後二人で居るのかルキアに聞いたら、「お前を待っている間、私に付き合ってくれているんだ。親切な奴だろう?」と、何の疑いも持っていないルキアは微笑んだ。
違うってばよ(怒)
しかし、「お前を待っている」と言ってくれる可愛いルキアに、「野郎と待ってるな」とも言えない。やはり俺が秘密裏に奴を処分しなければならない。
「ルキア」
教室に入ると、ルキアはいつものように嬉しそうに「終わったか?」と俺に尋ねてくる。それに向かって、「あ、悪い。もうちょっとなんだ」と言って、「ちょっとだけお前に用が」と手招きして廊下へと呼んだ。
「何だ?」
とことこと廊下に出てきてルキアは俺の前に立つ。俺はルキアを廊下側の窓に背を向けさせ、「実はな」と切り出しながら、目は教室内の野郎を見据える。野郎も気付いたようで、俺の目を睨み返して来た。
「ん?」
首を傾げるルキアの唇を、俺は有無を言わさずいきなり奪った。驚くルキアの動きを封じて、校内でするのははばかられるほどのディープなキスをする。
「ちょ……っ!何、れんじ……っ!」
慌てるルキアの言葉を聞かずにもう一度。
ルキアを攻めながら教室の中の野郎を見れば、いつものすかした顔じゃない、呆然と立ち尽くす間抜けな面が。
「……莫迦者!!」
ようやく開放した途端、ルキアはそう俺に怒鳴りつけた。顔が真赤だ。
「いや、もうお前が愛しくて愛しくて。すまねーな、我慢できなくてよ」
「なんでお前は、そう理性が欠片もないんだっ!!」
「それはもうお前が好きで好きで堪らねえからだな。好きだぜ、ルキア」
「だから……っ!」
押し留めようとするルキアを抱き寄せて、もう一度。「んん……っ」と声を洩らすルキアの顔は桜色に染まって、唇を離した後はもう俺しか見ていなかった。
このルキアの顔を見れば、あの野郎も悟るだろう。いかに自分が無駄な行為をしているか。ルキアにこんな表情をさせる事が出来るのは、俺だけなんだからな。
教室を覗き込むと、野郎が思いっきり敗北感を滲ませて立ち尽くしていた。―――勝った!!
振り返ると、廊下の隅で一角と弓親が親指を立てていた。その唇が「お見事」と動いているのを見て、俺も親指を立てる。
その俺の腕の中で、ルキアが「――人前で何をするんだ、この莫迦っ!!」と叫んで、容赦なく俺の頬を張り飛ばしたのは次の瞬間の事だった。
拍手にしては長すぎる(笑)
これもたくさん感想を頂きまして嬉しかったです。
このぐらい強引でもいいかな、と思うんです。裏恋次はね。