『護挺十三隊対抗新春餅つき大会』

 そんな横断幕がひらひらと揺れる中、俺はきりりと額の鉢巻きを締め直す。
 目の前には杵と臼、人肌に温められたお湯に、炊き上がったばかりのもち米。
 気合い十分、準備万端。
「っしゃあ、いくぜルキア!」
「いや、私は十三番隊なのだが」
 引いた手をあっさりと振り解かれて俺は「おいおい」と突っ込んだ。それにもルキアは冷めた視線を俺に送る。新年早々、クールすぎる。
「私は浮竹隊長と餅をつく事になっている。そういう訳だ、お前は他の者を探してくれ」
「何言ってやがる! 餅つきといえば阿吽の呼吸が必要な、言ってみれば餅つきは二人の相性が完全に一致していなくては行えない恋人たちの新年行事! それをお前は他の男とするというのか!?」
「そんな話聞いたこともない」
 じゃあな、とくるりと踵を返したルキアの先に浮竹隊長が「おおい、朽木!」と手を振っている。探しに来たのだろう、余計なことをしやが……っじゃなかった、全く世話好きな事だ。というより浮竹隊長はルキアに対して相当過保護だ。過保護な年長者は一人で十分だっての。
「浮竹隊長! ルキアは六番隊で餅つきますから!」
「え? いやいや、それはだめだよ阿散井。朽木は俺と一緒に餅を……」
「兄は小椿と虎徹と餅をつけば良い」
 俺たち三人の背後からかけられた過保護な年長者の元祖の静かな声に、浮竹隊長は「それはないだろう、白哉」と慌てたように言った。
「再三言うが朽木は十三番隊の……」
「その前にルキアは私の義妹だ」
「更にそれより前に俺の恋人なんですが!」
「寝言は寝て言え」
 横から主張した俺を隊長はばっさりと切り捨てた。
 しかしこんなところで引き下がっては永遠に小姑朽木白哉の苛めは続く。ここは毅然と跳ね付けなければならない。
「いい加減認めろよあんたも! あんたの義妹は俺と付き合ってんの! 現実を見ろ、現状を把握しろ現在を認識しろ!」
 ぐいぐいと詰め寄る俺を、隊長は無表情でシカトする。まるで何も聞こえていないかの如く。その隊長の横で浮竹隊長が驚きと衝撃とが入り混じった声で「そ、そうなのか朽木……っ!?」とルキアを振り返った。
「今の阿散井の言葉は本当なのかっ!? 俺はそんな報告は受けていないぞ!?」
「何で一々上司にプライベートを報告するんだよ……」
 パワハラじゃねーか、と毒づく俺の横でルキアは「ええと」と首を傾げた。窺うようにちらりと俺を見上げる。
 相手の体調気にする必要はねえ。どうせいつかは知られる事だ、今の内にはっきりきっぱり躊躇わずに言っとけルキア!
「付き合って……るのか?」

「付き合ってんだよ!!!!!

 確かに付き合い始めて六ヶ月経った今でも、手さえ繋いだ事のない幼児並みのお付き合いだが。
 だけど「好きだ」と伝えて頷いたからには相応の認識をしてくれないと今後一歩進もうにも進めないんだけどルキアさん!?
「あ、そうなんだ」
「ちょっとお前あまりにも酷い態度じゃねえか新年早々」
 脱力する俺に「誰の所為だ」とルキアは謎の一言を呟いた。「誰の所為」? 思わずルキアを見下ろすと紫の瞳が何処か拗ねたようにそっぽを向いている。言葉の意味を問い質そうとした俺の前で今や二人になった小姑どもが「やはり妄想か」と一人は安堵したように、一人は鬼の首を取ったようにという違いはあれど声を揃えた。
「違う、俺は本当にルキアと……」
「暫く働き詰めだったからな、これが終わったらしばらく休んで良いぞ恋次」
「ああ、何だったら良い病院教えてあげよう」
「どっちも要らねえよ!!」
 噛みつく俺を無視して隊長たちはルキア争奪戦を開戦した。どちらも一歩も引く気のない本気の戦争だ。霊圧がどんどん上がっていくのがわかる。風圧で周囲の木々の葉が揺れる。砂埃が舞い上がる。慌てて餅つきセットを避難させる六番隊の連中に視線を向け、戻した時にはルキアの姿はその場になかった。
 隊長たちは気付いていない。目の前の敵にしか意識がないのだろう、一色即発の状態だ。俺はこっそりその場を離れた。
 賑やかな声とぺたんぺたんと餅をつく音の中、周囲に視線を彷徨わせると直ぐにルキアの小さな背中が見えた。すいすいと人を縫い人気のない場所へと向かっていく。
 こんな場所で喧嘩になるのもアレなので、俺はしばらくルキアに声をかけずにただ後を追った。ルキアも俺が追っているのを気付いているだろうに振り帰りもせず歩いていく。
「――さて、何か言いたい事はあるか? 阿散井恋次」
 隊員総出の餅つき大会、故に人気のない六番隊隊舎の前でルキアは足を止めた。怒っている訳でもないが機嫌が良い訳でもない。無表情に見上げる端正な顔に、俺は「あのなあ」と憤然と言った。
「何だよさっきのは!? 自覚なかったのかよ、そりゃああまりにも……」
「自覚? ないな、そんなものは」
 あっさりとしたその言葉に俺はぐっと詰まる。
 ――もしかして本当に俺の一人合点だったのか。
 確かに「好きだ」と言ったのは俺で、ルキアは頷いた。
 そう、ルキアは「好きだ」と言い返していない。
「俺はお前が好きだ」「ふーん、そうなんだ」――つまりはそんな状況、だったのか!?
 がーんと固まる俺の前で、ルキアが深々と溜息をついた。心底呆れたように。
「全く――本当に思い込みの激しい奴だなお前は」
 ルキアのその言葉に更にががーんと衝撃を受ける。思い込みの激しい――つまりは全部俺の独りよがり、勝手な妄想――
「自覚させるような事をして見せろ、甲斐性なし」
 ぐいと乱暴に襟元を引き寄せられ。
 次いで唇に触れた、暖かい――
 一瞬で離れたその体温に、呆然と硬直するしかない俺へ、ルキアは「因みにまだ私は自覚していないぞ」と怒りを含んだ声で言う。
「今後も私に自覚させないというのならその時は――」
 ルキアがその先に何を言うつもりだったかはわからない。
 遠く喧騒を聞きながら、やがて離した唇に二分前の勢いは何処へやら、俯いて大人しくなってしまったルキアに俺は「自覚できたかよ?」と恐る恐る聞いてみる。
 返事は、「最初なのに長すぎだ、莫迦者」という照れ隠しの乱暴な声だった。