1972年(昭和47年)3月15日 旧店最終回
 1972年(昭和47年)3月16日 ビル建替え休業
 1974年(昭和49年)7月6日 ルパンの会
 1974年(昭和49年)7月8日 新店営業再開


 ルパンが1928(昭和3)年の開業の時に入居した建物は「くのやビル」と言い、今も別の場所で営業されている老舗のくのやさんの所有でした。 その後、何回か持ち主が変わり、建替え問題が起こった頃は、現在と同じ「塚本不動産ビル」となっておりました。
 元のビルは当然ルパンよりも古いビルで、関東大震災直後と言いますから、1924・5年に竣工したものと思われます。 そう言う古いビルであり、加えて戦争の時には直撃こそ避けられたものの、近隣は爆撃のために焼野原となり、 その爆風などの影響で、ビルとしての機能はかなりひどい状態にまで衰えていました。 そこで1970年代に入ってから建替え問題が起こり、1972年の春から着工ということになりました。
休業挨拶
 ルパンもやむなく建替え期間中休業することとなり、左のような御挨拶をして、1972年3月16日から休業に入りました。
 文中にありますように、当初は工事期間1年位で再開出来る見込みでした。 ところが解体した旧ビルの基礎から、大正時代の工法だったのでしょうか、大量の松の丸太材が出てきて、これを取り除くのに予定外の長時間を費やすことになりました。 そして1973年に入ると、オイルショックが起こり、石鹸・トイレットペーパーなどの消費材も買占めが起こるほどの物不足・価格高騰が起こりました。 この被害を一番強く受けた一つが建築資材で、建築に掛かった新ビルも資材の調達が思うに委せず、再開は更に遅れてしまいました。
 そしてようやくビルが竣工し、再開に漕ぎつけたのは、1974年7月のことでした。 何と2年4ヶ月も休業する結果となってしまったのです。
寄書
 正式な再開に先立って、旧くからごひいき下さっていた「ルパン医人会」が1974年7月6日に開催されました。 以前と同じように再開を首を長くして待っていて下さった、東大病理学教室の先生方を中心とした皆さんがお集まりになって、 ルパンの再開を祝って下さいました。
再開葉書
 そして正式な再開は左のような御案内をお出しして、1974年7月8日に行いました。この時、里見ク先生からお祝状を頂戴致しました。
お祝状


 あるじのタナさん マダムの夏ンべえとは 店を始めない以前からの友だちで 開業の案内状にもひとこと差出口をさせて貰った
 二年間の止むなき休みのあと 再度の開店の目出度さ
 今回も何の役にも立たないひとことを
 昭和四十九年六月十六日
 里見ク


 今は2010年、これももう36年前のことになりました。 旧店舗時代が44年間、 現在のルパンももうじき旧店舗のルパンに肩を並べることになるのです。