そしてこんな状態にふさわしい酒場も少なくなってきた。東京ではクレセントの地下酒場 東京プリンスホテルのメインバーのウインガー 神戸のキングアームスの酒場 前回取材した銀座のクール それに今回のルパンということになっている。なにしろ ホテルのバーは別として 昼間から酒をのませる酒場が皆無といってもよい。
23年だと記憶するが広島のカソリック聖堂のコンペを終えて朝日新聞杜ヘギリギリ到着して 提出したあと たしかひるの日中に暗いこのルパンの地下でみんなでビールをかたむけたことがある。それ以来 普通の酒場で 昼 飲んだ経験はないようだ。
ルパンといえば銀座のしにせで通っている。そして店のふんいきもまた伝統を守るための大事な手段の一つだ。この店のふんいきが客層と客足を左右し いつまでも安心のいけるふんいきを大事にしていることが 私にとって大変ありがたいのだ。
昔ながらの表構えで文芸春秋新杜の旧社屋の小径の暗いあたりに静かに息づいているのだ。いつも変らず銀座の常連たちが集まっている。ここのカウンターの止まり木は銀座で一ばん坐りいいとほめ 石段の減り具合や そこはかとなくただようふんいきにほれこんでいるようだ。こうなると自分の家のような気持がだれにも生じてくるのかもしれない。
そして迎える人々も家族的な単調なサービスを守りつづけていることがこのルパンのとりえといえよう。
たしかにこのルパンのカウンターは心地よい。坐り心地としては銀座で一ばんかもしれない。カウンターの厚み 素材 カウンターと椅子の詳細寸法 いたれりつくせりといった按配だ。
そしてそのカウンター上のライトの高さのほどよさには感心をしてしまうのだ。空間の暗さと必要な明るさがまさに一体に融合し 私に心地よい感銘を与えてくれるのだ。
ルパンは クールと同じようにカウンターが主体だが やはりくつろぎと仲間づれということからボックスが設けられている。そしてクールと異たるところは カウンターの前に椅子が設けられていることだ。「立って飲む」という原始的なことから出発して「かけて飲む」という次の段階への展開と考えられよう。そしてこの椅子がまったくほれぼれするようにムダなく りっぱなものといえる。これは写真でよく観照していただきたい。素朴であり素直であり 美しい。いくらほめてもたりないくらいに私にとっては愛着を生じてしまう。
床はタイルのモザイクを使用し その足にひびく感触がなんともいわれない。また 壁のレンガや壁羽目が落ちついた格調のある中に 親しみを十分につたえながら迫ってくるのだった。客席のボックスなどには細かい彫り込みがほどこされ ここに優雅さを静かにつたえている。
平面をごらんいただきたい。地下と1階の2つにカウンターは分かれ 地下の方が収容人員が多い。
地下は先にも述べたように石の階段の下り口がなんともいえないふんいきをつたえている。またその地下の入口からのカウンターの眺めがすばらしい。地下なので天井は低いが2カ所ほどボックス席が椅子で区切られて配置されているのだ。
人の集まりとざわめきが床と壁に呼応して 静かな活況をいつも呈している。
1階は天井が高い。そして カウンター上のランプシェードの扱いが高さと暗さで演出しながら ただよう けむるようなふんいきをつたえている。そして入口は道にそって2カ所重い扉で仕切られているのだ。この扉のデザインも写真でよく見ていただきたいのだ。
私はいつも感心するのだが このような空間が人間の力によって存在するということなのだ。
今回のルパンでもつくづくこの人間の力を感ぜざるを得ません。

<次回は銀座・“ブーケ”>